2015年10月 5日 (月)

 9月30日、ホビークッキングクラブの料理教室に参加しました。お肉のパテやいわしのリエットなど、おしゃれなメニューが短時間に出来上がりました。しかも簡単そう。自宅に人を招いたときや持ち寄りの集まりなどで作ったら、好評価間違いなしscissors  必ずや「どうやって作るの?」と聞かれることでしょう。私も、毎年クリスマス時期に姉の家族と集まるので、今年はこれを作ろうと決めました。

 その家族の集まりには、毎年何か新しいメニューを仕入れて作っていくのですが、デザートはいつも同じです。姪っ子に「今年もあれ作ってきてね、絶対ね!」と頼まれ、当日会うと「あれ、持ってきてくれたよね?」と念を押されます。そして、食べると「う~ん、やっぱり美味しいnote ごちそうさまheart04 ありがとうlovely 」と満面の笑みを見せてくれます。その笑顔が見たくて、毎年同じデザートを作っているのです。

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 それは、グレープジュースの2層のゼリー。生クリームとヨーグルトを混ぜた部分がムースのような風味、グレープジュースだけの部分は、ウェルチでないとそのコクが出ないと教わったので、これを作るときは必ず買い求めます。20年前に教わったこのレシピ、子どもが小さいころは時々作りましたが、今はこのクリスマスの集まりのときに登場するのみとなってしまいました。

 今年社会人となった姪っ子は、いつまで「あれ作ってね」と言ってくれるでしょうか。

2015年7月15日 (水)

 数年前、夫が突然ギックリ腰になった。一人では殆ど動けないので、やむを得ず私も仕事を休み、近くの整形外科に付き添った。マッサージを受けたり、電気を当ててもらったりしたようだが、急に良くなることもなく、しばらく仕事を休むことになった。

 わが家は、子供のいない共働き世帯のため、平日の夕飯は各々が外で済ませる。普段はそれで良いが、動けない相手を放っておくわけにもいかない。仕事を早々に切り上げて、慌てて帰ってくる日が続いた。

 とは言っても、帰ってから作る時間はないので、駅ナカかデパ地下で惣菜などを買って帰るだけである。緑黄色野菜がたっぷりの温野菜サラダ、夫の好きな中華風の炒め物や餃子、春巻きなどを選ぶ。私の好物、奈良の柿の葉寿司も、やはり外せない。そうそう、ビールのお供も少し買っていこうbeer

 その甲斐あってか、夫は少しずつ良くなって、四日目の夜に私が帰ると、夕飯の支度をしていた。

「ちょっと、そんなことしていて、大丈夫なの?」

 驚いて思わず声をかけると、夫が振り向いて応える。

「大丈夫、そろそろ動かないと。家に帰って来て、ご飯ができてるっていいでしょ」

 その日のメニューは、夫曰く、鳥の唐揚げに肉じゃがだった。うーん、作ってもらって文句を言うわけじゃないが、これって、肉じゃがなの? 私が思うに、肉じゃがって、もっと味が濃いような気がするけど……wobbly  『肉とじゃがいもの和風スープ』、とでも名付けたくなるような一品であった。

 私の心の声に気づくこともなく、どうやら本人は、久し振りに作った夕飯が上手くできたので、かなりご満悦の様子。

「お腹が空いてる時に、すぐ食べられるのって嬉しいわね」

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 いつもは、夫の気に入らない所ばかりに目がいくが、この時は心底見直して、本当に良い夫に思えたものだ。いやはや、食べ物の力は絶大である。

 今回のごちそうさま日記も、 エッセイグループ「ごめんあそばせ」の方の作品をご紹介しております。

2015年6月 8日 (月)

私だけの密やかな「愉しい!美味しい!」をご紹介します。

お料理というほどのものではありません。ただ出来たてほやほやの、ゆで卵があればOKです。半熟ではありません。でもおでんに入っているほど堅すぎるのもNGです。

「その温かなゆで卵にジャムをぬって食べるんです」と言いますと、ほとんどの人にギョッ!とされますが、何故でしょう? おせちの錦玉子や伊達巻にはお砂糖がたっぷり使われているのに……?

子供の頃、いたずら心からゆで卵にジャムをぬって食べましたら、びっくり仰天sign01 大発見sign03 ほくほくした卵がジャムと絡まり、甘酸っぱく、なめらかで、何とも趣のあるテイストだったのです。すっかり虜になってしまった私は、次にそれを、マーガリンを塗ったトーストパンに挟んで、サンドイッチにしてみました。これぞサンドイッチ界のアバンギャルド! 頬張るごとに斬新でミステリアスな味が口いっぱいに広がり、その愉しいこと、美味しいこと、未知なる喜びに包まれました。

それ以来密かにマッチングを続けてきました。ジャムはイチゴジャムかマーマレードが最高です。

最近好評だったNHKの朝ドラ「マッサン」で、人生はアドベンチャー&チャレンジの旅行なのだと、主人公たちが言っていました。私も大いに共感して見ておりました。

このゆで卵にすぐチャレンジして、これはいける!と思われた方は、冒険旅行の途上で、必ずご自身の「新大陸」を発見できます。コロンブスのように。

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是非ともお試しあれwink

今回のごちそうさま日記も、 エッセイグループ「ごめんあそばせ」の方の作品をご紹介しております。

2015年4月 6日 (月)

 近所のネコたちが裏庭にやって来る。鰹節の出し殻など残り物をやると可愛い声を出すので、さて、猫の好きなものは……と、スーパーで安い竹輪をたくさん買ってきた。ウニャウニャと喜んで食べる姿をみていて、そう、私も小さいとき、母の作る「ちくわの蒲焼」が好きだったなぁと、昔を思いだす。

 太めの焼き竹輪を開いて、平らになるよう切り込みを入れ、一口大に切り、片栗粉をまぶして油で揚げる。フライパンに酒、みりん、砂糖、しょうゆを入れて作ったタレに絡め、ご飯の上に乗せて食べるのだ。甘辛く、こうばしい香りが食欲をそそり、弾力のある蒲焼の噛みごたえが、子供の私にはご馳走だった。

 近所の子が、もう三日も「すき焼き」が続いて飽きた、というので、「羨ましいな、毎日牛肉が食べられて」と、よくよく聞いてみたら、その家のすき焼きは、牛肉ではなく、竹輪が入っているとか……。

 昭和30年代、その頃、竹輪は鰻や牛肉の代わりもしていたのだ。

 おでん、磯部揚げ、輪の中にチーズやキュウリを詰めて、お酒のつまみや子供のお弁当の隙間埋めにと、それからも、竹輪は食卓を賑やかにするのに活躍する。

 今、私が好きなのは「ちくわ」そのものを味わうこと。ぐち竹輪、レンコ鯛竹輪、いとより竹輪など、種類に富んだものが出回っていて、いろいろな味を楽しむことができる。贔屓のパン屋さんで売っている「ちくわパン」も、時々食べたくなる。輪の中にチーズとマヨネーズが詰まった竹輪が、柔らかいロールパンの中に埋まっていて、食感がなかなか絶妙。

 今のように冷凍技術も発達していなかった時代、竹輪は魚の保存食品として重宝されたそうだ。低脂肪、高タンパクな健康的食品として、海外でも人気が出始めているらしい。 

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 ネコたちのために買ってくる竹輪、我が家ではすぐに無くなってしまう。見ていると、夫や息子たち、猫にやりながら半分以上は自分の口に放り込んでいた……。

今回のごちそうさま日記も、 エッセイグループ「ごめんあそばせ」の方の作品をご紹介しております。

2015年3月27日 (金)

 わが夫を四字熟語で表すと、間違いなく「無芸大食」である。とにかくよく食べる。そして、食べていないときはテレビを見るか、居眠りしているかのどちらかだ。

 だから、3月2日に「明日はちらし寿司でも作ろうか」と言い出したときには、ついにボケてきたのだと覚悟した。夫は定年退職後、専業主夫となったが、焼き魚と煮物の食事くらいしか作れない。大好きなテレビで料理番組を見ているうちに、自分にもできると錯覚しているのかもしれない。介護生活が始まったら、お先真っ暗である。

「ただいまぁ」

 翌日、米粒ほどの期待もせずに帰宅した。だが、専業主夫の声は明るく弾んでいる。

「おかえりぃ~」

 まさかと思ってキッチンをのぞくと、テーブルの上には料理番組で見たようなちらし寿司が載っていた。 

 おりょりょ。

 いただきものの大皿には、きざみ海苔と胡麻をちらした寿司飯が、こんもりと盛り付けられている。上には、柔らかな黄色の錦糸卵、濃いめの赤のマグロ、白地にオレンジが映えるエビが放射状に並んでおり、視覚に訴える美しさだ。鮮やかな緑で場を引き締めているのは、菜の花だろうか。

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「へー、すごいじゃない! よくできてる」

 夫からの返事はなかったが、口元がキュッと上がっている。心からの褒め言葉は、ちゃんと相手に届くものなのだ。

「いただきまーす」

 マグロとエビの影から、とびっこにイクラ、ウニが転がり出してきた。ここに、甘く煮付けたシイタケが加わって、どこぞの料亭でとびきりの贅沢をしている味となる。

 美味しい美味しいと繰り返しながら、夫への評価を修正する。「無芸大食」は間違いだったようだ。ここは「一芸一能」あたりが適切だろうか。

 私と娘が4分の1ずつ食べ、半分は夫がすべて平らげた。

「大食」は修正しなくていいようだ。

エッセイグループ「ごめんあそばせ」の方々から届いたエッセイから、今日はこちらの作品「無芸大食の男」をご紹介しました。

 

2015年3月18日 (水)

 酒粕を買ってきて甘酒をつくる。板状の粕をちぎりながらお鍋に入れて、煮だってくるのを待つ。沸騰してきたら、お砂糖は控えめにして、塩は一つまみ程度、そして日本酒を結構多めに加える。 

 母は、女がお酒を飲むのを嫌った。

「女の酔っ払いくらい、みっともないものはない」と、常々口にしていた。どこかで醜態を見たらしく、それが後遺症のように頭から離れなかったようだ。飲まないように躾けられて、娘三人、お酒の美味しさを知らぬまま青春時代を過ごした。

 日本酒をたっぷり入れた甘酒を、初めて口にしたのは、三十路も中を過ぎたころ。

「ちょっと寄ってきな。甘酒できてるよ」

 アルバイト先で帰りがけに声をかけてきたのは、定年まぢかのおじさん。

 お雛祭りの日に、女子社員に大サービスの笑顔を振りまきながら、休憩室でご馳走してくれた甘酒が、日本酒入りの大人向け甘酒だった。お酒入っているけれど、煮飛ばしてあるから大丈夫。その言葉と甘さで、お酒を飲んでいる意識はなかった。自分で作るものより風味が良くて、味にこくがあり、美味しかった。

「おかわりあるよ」の声につられて、二杯も飲んで家路についた。

 次の日、身体がぽっかぽかして温かかったわと、お礼を言ったら、意外な言葉が返ってきた。

「お酒飲める口だね」。結構たっぷりとお酒を効かせて作ったのに、自転車で帰れたんだから、弱くはないと言うのだ。

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 それ以来、お酒と仲良く現在に至る。

  口当たりがなめらかになるように、お玉で酒粕のかたまりをのばしながら、糀の湯気で二月の寒さも一緒にとかす。

ごちそうさま日記を読んでくださったエッセイグループ「ごめんあそばせ」の方々が、「ごちそうさま」をテーマにしたエッセイを送ってくださいました。最初の作品「ぽっかぽか」をご紹介いたしました。

2015年2月20日 (金)

 ドアを開けたら、家の中にはトマトソースの匂いが漂っていた。いい香り。仕事で遅くなり、北風の中を8時に帰宅した私のからだも心もほんわり温かくなるconfident

 以前、離婚した中年の俳優が、独りになって何が寂しいって、冬、暗くて寒い家のドアを開けた時だと語っていたのを思い出した。それを聞いたときは、主婦はいつだって誰よりも先に家に戻って電気をつけるのよ!と文句を言いたかった。でも、温かくて夕食の気配の漂う家に帰るのは、たしかにいいものだった。

 その日は休みの夫が、夕食を作ってくれていた。カレーとラーメンしか作れないが、テレビで美味しそうなオムライスの作り方を見て、挑戦してみようと思い立ったらしいflair

 台所を覗くと、まだ下準備の段階のようだ。チキンライスの姿も見えない。

「トマトソースの匂いがしたけど・・」

「ソースはデミグラスとトマトの2種類をかけるんだ。トマトソースは1時間煮込んで、ちょうどできたところ」

 なるほど、いい香りが漂っているわけだ。しかし、8時でまだこの状態とは・・。いやいや、せっかくやる気になっているのだ。文句は言うまい。黙って、流しに溜まった洗い物を片付ける。私はオムライスにケチャップしかかけたことがないけどな。

 夫は、ちょっと待てよとつぶやきながら、録画した番組を確認しているeye。有名シェフがイタリアン風オムライスを料理している姿が映っていた。夫はシェフの一言一句を守り、レシピどおりの野菜や調味料をすべて買い込んでいた。チキンライスの具には、タマネギ、ニンジンのほか、アスパラガスや長ネギも入っていた。

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 9時少し前、半熟の卵がチキンライスに載り、濡れ布巾で形を整えられ、ソース2種がかかったオムライスができあがった。不慣れな手つきにしては上出来の味。と感じたのは、空腹のせい? とは言わないでおきましょう。ごちそうさまでした。

2015年1月21日 (水)

私が子どものころ(昭和40年代)は、今のようにお惣菜が身近に売られていたわけではありません。食卓に上るのは、いつも母の手作り。ですから、当時は、ほんのたまの「買ってきた味」が、とても楽しみでしたhappy01

家を出て坂道を下り切ったところに、小さな定食屋がありました。店先ではコロッケやアジフライなどの揚げ物も売っていました。土曜日、小学校が午前中で終わって家に帰ると、ときどきそこにお使いに行かされました。買ってきたアジフライと母が刻んだキャベツ、白いご飯に味噌汁。家で揚げる味とはどこか違って、その昼ごはんがとっても美味しかった記憶があります。大人になってからもしばしば思い出します。

年取った母にそう言うと、「やあねえ、ほんのたまにしか買ってきていないのに、なんだかしょっちゅうそれを買ってきてたみたいじゃない。私の毎日の手作りより、そっちを覚えているなんて」と、ちょっぴり憤慨しています。でも、4歳下の妹も、「覚えてる、覚えてる。なんだか美味しかったよね」と言うので、やはり、「買ってきた味」は、惣菜に慣れていない当時の私たちにとって新鮮で楽しみだったのでしょう。

けれども、よーく覚えているはずの私の記憶も、実は違っていたと、3つ年上の姉が教えてくれました。

「アジフライを売ってたのは、もっと駅に近いお店。その定食屋では、コロッケとか焼き魚は売ってたけど、アジフライは売ってなかったのよ」

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お使いに行くところからしっかり心に刻まれていた記憶のはずなのに、出だしから違っていたとは・・sweat02 美味しかったと思っていたのはコロッケだったのか。アジフライだったのか。自信がなくなりました。子どもの記憶とはこんなものなのでしょうか。

2014年12月 3日 (水)

今回も九州の話で恐縮ですcoldsweats01

東京の一般家庭で、「万能ねぎ」という先まで青い細いねぎを使うようになったのはいつ頃からでしょうか。

少なくとも、夫と結婚した当時(30年前)は、私は家で万能ねぎを使ったことはありませんでした。初めて、九州の夫の実家に行って台所の手伝いをしたとき、吸い物に散らすからネギを切ってと頼まれました。

私の知っている、あの白い太いねぎとは違います。いつもは、青い部分は使わないのに、この細いねぎはほとんどが青い・・。はて、どこまで切ればいいのかしら。

忙しく炊事をしている義母に聞くのも憚られ(この嫁はこんなこともわからない、と思われたくなかったのかもしれません)、でも、どこまで切っていいのかわからず、真ん中あたりまで切って、先っぽのほうは捨ててしまいました。今から考えると顔から火が出ますsweat01sweat01

義母はそのときは何も言いませんでした。だいぶ経ってから、このネギは先まで全部使うのだと教えてくれました。東京は違うんやろ?とやさしく。

いつしか、東京でも万能ねぎがスーパーに並ぶようになりました。

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先日、飛行機の機内誌を読んでいたら、博多万能ねぎの関東進出時の話が載っていました。それによると、関東での販売を計画したけれど、陸上輸送では時間がかかって鮮度が落ちてしまいうという問題があり、それを解決したのが飛行機による輸送。昭和53年に空輸が始まり、鮮度を保ったまま東京に届けることができるようになったそうです。また、白ねぎが主流だった関東ではねぎの青いところは食べないという食文化の壁があり、それを破るために、青果市場やスーパーで試食会を開くなどのご苦労もあったようです。

私が結婚したのは、空輸開始よりもう少しあとのこと。そのスーパーの試食会に出会っていれば、失敗はなかったでしょう。でも、食文化の違いを義母が温かく見守ってくれたことが、何よりうれしい思い出ですconfident

2014年11月19日 (水)

おせち料理の予約の広告が目につくようになりました。おせち料理の中では何が好きですか?

三十年近く前のこと、東京に生まれ育った私は九州出身の男性と結婚し、年末から夫の実家に泊まりがけで出かけました。義母は早々とおせち料理の準備を終えていて、あとはお重に詰めるだけになっていました。私はさっそく手伝いを買って出ました。

東京と違ってお餅は丸い。お雑煮はすまし汁というのは同じだけれど、昆布と干したイカを細く切って入れるのが、夫の実家流。そんなおしゃべりを義母としながら、私は一つ一つ詰めていきました。黒豆、栗きんとん、昆布巻き、お煮しめなどなど、見知った料理が用意されていて、味見をしてみると、私の実家の味より少し濃いめでしたが、どれも美味しい。色合いを考えながら詰めていくと、かまぼこの横に置きたい伊達巻が見当たりません。

「伊達巻は・・・どこですか?」

そこにあるでしょと、指差された黄色い物体。えっ、これが?sweat01  見かけは、黄色い大型のかまぼこ。魚のすり身と卵と砂糖を合わせて焼き、すだれで「の」の字に巻いた、私の知っている伊達巻ではありません。味はまったく違いました。

実は、伊達巻は私の大好物。おせちの中で一番好きです。あのやわらかな甘さがなんとも言えません。いつも市販のものを買っていたので、全国共通と思っていました。急に孤立無援の地の果てに来てしまった気がした、と言っては大げさでしょうか。

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それからは、まず東京で伊達巻を食べてから夫の実家で正月を祝い、東京に戻ってからまた伊達巻を食べる、というのが私のお正月の習慣となりました。今から思い返せば、東京から伊達巻を持って行って、こういう美味しいのもあるのよと紹介すればよかったのですが。若かかりし頃の私はそこまで思いが至らなかったようです・・despair