2015年3月

2015年3月27日 (金)

 わが夫を四字熟語で表すと、間違いなく「無芸大食」である。とにかくよく食べる。そして、食べていないときはテレビを見るか、居眠りしているかのどちらかだ。

 だから、3月2日に「明日はちらし寿司でも作ろうか」と言い出したときには、ついにボケてきたのだと覚悟した。夫は定年退職後、専業主夫となったが、焼き魚と煮物の食事くらいしか作れない。大好きなテレビで料理番組を見ているうちに、自分にもできると錯覚しているのかもしれない。介護生活が始まったら、お先真っ暗である。

「ただいまぁ」

 翌日、米粒ほどの期待もせずに帰宅した。だが、専業主夫の声は明るく弾んでいる。

「おかえりぃ~」

 まさかと思ってキッチンをのぞくと、テーブルの上には料理番組で見たようなちらし寿司が載っていた。 

 おりょりょ。

 いただきものの大皿には、きざみ海苔と胡麻をちらした寿司飯が、こんもりと盛り付けられている。上には、柔らかな黄色の錦糸卵、濃いめの赤のマグロ、白地にオレンジが映えるエビが放射状に並んでおり、視覚に訴える美しさだ。鮮やかな緑で場を引き締めているのは、菜の花だろうか。

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「へー、すごいじゃない! よくできてる」

 夫からの返事はなかったが、口元がキュッと上がっている。心からの褒め言葉は、ちゃんと相手に届くものなのだ。

「いただきまーす」

 マグロとエビの影から、とびっこにイクラ、ウニが転がり出してきた。ここに、甘く煮付けたシイタケが加わって、どこぞの料亭でとびきりの贅沢をしている味となる。

 美味しい美味しいと繰り返しながら、夫への評価を修正する。「無芸大食」は間違いだったようだ。ここは「一芸一能」あたりが適切だろうか。

 私と娘が4分の1ずつ食べ、半分は夫がすべて平らげた。

「大食」は修正しなくていいようだ。

エッセイグループ「ごめんあそばせ」の方々から届いたエッセイから、今日はこちらの作品「無芸大食の男」をご紹介しました。

 

2015年3月18日 (水)

 酒粕を買ってきて甘酒をつくる。板状の粕をちぎりながらお鍋に入れて、煮だってくるのを待つ。沸騰してきたら、お砂糖は控えめにして、塩は一つまみ程度、そして日本酒を結構多めに加える。 

 母は、女がお酒を飲むのを嫌った。

「女の酔っ払いくらい、みっともないものはない」と、常々口にしていた。どこかで醜態を見たらしく、それが後遺症のように頭から離れなかったようだ。飲まないように躾けられて、娘三人、お酒の美味しさを知らぬまま青春時代を過ごした。

 日本酒をたっぷり入れた甘酒を、初めて口にしたのは、三十路も中を過ぎたころ。

「ちょっと寄ってきな。甘酒できてるよ」

 アルバイト先で帰りがけに声をかけてきたのは、定年まぢかのおじさん。

 お雛祭りの日に、女子社員に大サービスの笑顔を振りまきながら、休憩室でご馳走してくれた甘酒が、日本酒入りの大人向け甘酒だった。お酒入っているけれど、煮飛ばしてあるから大丈夫。その言葉と甘さで、お酒を飲んでいる意識はなかった。自分で作るものより風味が良くて、味にこくがあり、美味しかった。

「おかわりあるよ」の声につられて、二杯も飲んで家路についた。

 次の日、身体がぽっかぽかして温かかったわと、お礼を言ったら、意外な言葉が返ってきた。

「お酒飲める口だね」。結構たっぷりとお酒を効かせて作ったのに、自転車で帰れたんだから、弱くはないと言うのだ。

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 それ以来、お酒と仲良く現在に至る。

  口当たりがなめらかになるように、お玉で酒粕のかたまりをのばしながら、糀の湯気で二月の寒さも一緒にとかす。

ごちそうさま日記を読んでくださったエッセイグループ「ごめんあそばせ」の方々が、「ごちそうさま」をテーマにしたエッセイを送ってくださいました。最初の作品「ぽっかぽか」をご紹介いたしました。